2015年10月6日火曜日

雪華図説 01

雪華図説 許鹿源利位 述
天保3(1832)
底本: 国立国会図書館 雪華図説
参考: 
国立国会図書館 重刻雪華図説
信州大学付属図書館 雪華図説 (補足資料として最良)
信州大学付属図書館 雪華図説 祥苑書屋
早稲田大学付属図書館 雪華図説 3種
ものずき烏 雪華図説


夫れ水の其の形を変換する雪を以て最奇なりとす。海陸の気。上騰して雲をなす。雲、冷際に臻(いた)れば。其の温を失し。変じて雨となる。気中に在るを以て。一々皆円なり、初円は至微至細(しびしさい)。漸を以て併合し。終に重体点滴の質を致す。冬時、気升(のぼり)て同雲を成し。冷に遭て即亦円点を成す。冷侵の甚しき。一々凝沍(ぎょうこ)し下零するも其の併合を得ず。聊か相い依り付して。大円を成さんと欲し。六を以て一を囲み。綏々翩々(すいすいへんぺん)。頓に天地の観を異にす。故に寒甚ければ。粒珠となり。寒浅ければ。花粉をなす。花粉の中。寒甚ければ。片、愈(いよいよ)美なり。

凡そ物。方体は必ず八を以て一を囲み。円体は六を以て一を囲むこと。定理中の定数。誣(しう)べからず。雪花の六出(りくしゅつ)なるゆえんも。亦これのみ [立春後の雪。みな五出の説あるとも。取り難し。] 水、已(すで)に雪に変ずれば。重体忽ち二十四分を減し軽飄(けいひょう)(にこげ)の如く。花形万端。都(かつ)て六出星辰芒角の如く。其の状(かたち)整正、其の質潔瑩(けつえい)。実に賞するに堪たり。其の精白にして。他色を雑(まじ)へざるは。光線の尽(ことごと)反射を致すによる。雪もし黒色ならば。四望幽暗、豈に堪うへけんや。[西土雪花を験視するの法。雪ならんとするの天。預め先。黒色の八絲緞(しゅす)を。気中に晒し。冷ならしめ。雪片の降るに当て之を承(う)く。肉眼も視るべく。鏡を把て之を照せば。更に燦たり。看るの際。気息を避け。手温を防ぎ纎鑷(せんじょう)を以て之を箝提(かんてい)すと。余、文化年間より雪下の時毎に黒色の髹器(きゅうき)に承て之を審視し。以てこの図を作る。]


註:
・冷際: 地上と月天の間にある三つの層を、温際・冷際・熱際 と呼ぶ。
和漢三才図会に次のようにある。「凡そ九重中最下を月天と為す。地の間に温冷熱の三際有り。地は水土の湿(し)太陽これを蒸して、温と為る。其の上を冷と為し、又其の上、天に近きを熱際と為す。風雨、霜雪、雲霧、雷電、虹暈、及び流星、彗孛、等、皆温冷の間より出つ。其の温際二十町ばかりを過ぎず、故に山嶽に登る人、雷を山の腰に聞く。但し三際以上に至ては、則ち雲霞無し蒼蒼たるのみ。」

・凝沍(ぎょうこ): 沍: 水源が塞がる。寒くて凍結する。

・軽飄(けいひょう): 飄:つむじかぜ。舞い上がる旋風。
・毳(ぜい)(にこげ): 細くて柔らかい毛。フェルト。
・星辰:星や星座のこと。
・芒角(ぼうかく): 星の光のこと。
・潔瑩(けつえい)(けつよう): 瑩:美しい玉の光。

・八絲緞(しゆす)(しゅす) : 繻子。サテン。
和漢三才図会に次のようにある。「八絲緞は、地厚く滑艶美これに比するもの無し。広東より来るもの最も佳し。阿蘭陀も亦美なり。福建これに次ぐ。倭に織る所のものは、地、やや硬(こはん)なり。白黒緋茶色及び柳条(しま)飛紋(とびもん)のこれ数品有り。」

・纎鑷(せんじょう):毛抜き。ピンセット。
・箝提(かんてい): 挟んで持つこと。
・髹器(きゅうき): 漆を塗った器。



雪華図説 単純翻刻

雪華図説 許鹿 源利位 述

夫水ノ其形ヲ変換スル。雪ヲ以テ最奇ナリトス。海
陸ノ気。上騰シテ雲ヲナス。雲冷際ニ臻レハ。其温ヲ
失シ。変シテ雨トナル。気中ニ在ルヲ以テ。一々皆円
ナリ。初円ハ至微至細。漸ヲ以テ併合シ。終ニ重体点
滴ノ質ヲ致ス。冬時気升テ同雲ヲ成シ。冷ニ遭テ即
亦円点ヲ成ス。冷侵ノ甚シキ。一々凝沍シ。下零スル
モ其併合ヲ得ス。聊相依付シテ。大円ヲ成サント欲
シ。六ヲ以テ一ヲ囲ミ。綏々翩々。頓ニ天地ノ観ヲ異
ニス。故ニ寒甚ケレハ。粒珠トナリ。寒浅ケレハ。花粉
ヲナス。花粉ノ中。寒甚ケレハ。片愈美ナリ。凢ソ物。方
体ハ必八ヲ以テ一ヲ囲ミ。円体ハ六ヲ以テ一ヲ囲
ムコト。定理中ノ定数。誣ヘカラス。雪花ノ六出ナル
ユヘンモ。亦コレノミ [立春後ノ雪。ミナ五出ノ説アレトモ。取リ難シ。]  水已
ニ雪ニ変スレハ。重体忽チ二十四分ヲ減シ。軽飄毳
ノ如ク。花形万端。都テ六出。星辰ノ芒角ノ如ク。其状
整正。其質潔瑩。実ニ賞スルニ堪タリ。其精白ニシテ。
他色ヲ雑ヘサルハ。光線ノ尽ク反射ヲ致スニヨル。
雪モシ黒色ナラハ。四望幽暗。豈堪フヘケンヤ。[西土雪花
ヲ験視スルノ法。雪ナラントスルノ天。預メ先。黒色
ノ八絲緞(シユス)ヲ。気中ニ晒シ。冷ナラシメ。雪片ノ降ルニ
当テ之ヲ承ク。肉眼モ視ルヘク。鏡ヲ把テ之ヲ照セ
ハ。更ニ燦タリ。看ルノ際。気息ヲ避ケ。手温ヲ防キ纎
鑷ヲ以テ之ヲ箝提スト。余文化年間ヨリ。雪下ノ時。
毎ニ黒色ノ髹器ニ承テ。之ヲ審視シ。以テコノ図ヲ
作ル。]

註:
・スル[ノ]天: 版によっては、スル[ク]天 とある。
・審視[シ]: 低本では、審視[ン]: 「審視シ」は、翠藍桂国寧 校訂本

01. 02. 03. 04. 05. 06.